デンドロビュームはどんな花?

【デンドロビュームとは】
デンドロビュームとは、ギリシャ語のdendron(樹木)とbios(生命)の合成語で「樹上で生活する」と言う意味です。樹木に着生していることから呼 ばれているようです。胡蝶蘭・シンビジューム・カトレアと並んで最もポピュラーなラン科植物の一種です。一般にデンドロビュームと呼ばれるものの中には、ノビル系・フォーミディブル系・スペシオキンギアナム系・デンファレ系等がありますが、ノビル系・デンファレ系が最も一般的です。中でもノビル系は、日本 で最も栽培され、愛好家も非常にたくさんいらっしゃいます。デンドロビュームの原種の数は、ラン科の中で最大(1600種以上)で、熱帯アジアを中心に北 は日本から南はオーストラリアまで、そして日本にも「セッコク」と呼ばれる原種があります。花言葉は「わがままな美人」

【ノビル系デンドロビューム原産地の様子】
ノビル系デンドロビューム(以下、デンドロビューム)の原産地は、タイ、ラオス、ミャンマー、インド北部などの海抜1,000〜2,000メートルの山岳地帯です。高い木の枝の上に着生し、強い直射日光と充分な通風のもとで育っています。シンビジューム、あるいは他の多くの植物のような地面に生育するものとは、根のしくみや肥料の要求性などが根本的に異なっています。
原産地の冬は夜間の最低気温が2〜3度になることもあり、また暑い時は40度を超えることもあります。乾期には2か月以上1滴の雨も降らないこともあります。このような厳しい環境下にあってもデンドロビュームは枯れることはありません。休眠期にすべての葉を落とし、枯れたように見えた株も、生育期には新芽を勢いよく成長させ、やがて美しい花を咲かせるのです。このように、デンドロビュームは低温にも高温にも乾燥にも強く、とても丈夫なランの仲間です。

【デンドロビュームの品種改良】
デンドロビュームが最初に交配されたのは1874年。ヨーロッパにおいては、愛好家の手によって100年以上も前からデンドロビュームの交配育種が手がけられてきました。
一方、わが国においてのデンドロビュームの育種改良は1900年代にはいってからのことです。当時の日本のランの世界はまさに貴族趣味の世界、特権階級の人間のみの楽しみであり、今のような、お花屋さんで気軽に購入出来る園芸作物とは程遠い存在でした。

【山本デンドロビューム園による育種改良へ取り組み】
山本デンドロビューム園では、1952年園主の山本二郎によりデンドロビュームの品種改良がスタート。より大きく、より美しく、そして長期間鑑賞に耐えうる花もちの良い新品種の開発を目指しました。同時に当時、貴族趣味の世界、特権階級の人間のみの楽しみでしかなかったデンドロビュームの大量生産により大衆化をはかり、一般家庭でも楽しめる花にすることを目標にかかげました。
1969年(昭和44年)世界の最高権威である英国王立園芸協会(R.H.S.)の品評会において日本人初の入賞(2点)。これにより日本のデンドロビュームは一躍世界中から注目され始めました。
1981年(昭和 56 年)第9回世界らん会議の大展示会において、最高賞のFCC/WOC受賞。
1987年(昭和62年) 第12回世界らん会議の大展示会において、リザーブ・チャンピオンおよびゴールドメダル受賞。
1990 年(平成2年)名古屋国際蘭展において、「オーキッド・オブ・ザ・イヤー」受賞。
これまでに4.000組以上の交配育種を行ない、数多くの新品種を作出、うち500品種を国際登録。 日本のデンドロビュームが世界中で生産されるようにようになったのです。


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